養老孟司「人生の壁」について〜1〜

読書

養老孟司さんの本は、「バカの壁」「死の壁」「遺言」そして「人生の壁」と、全著書を読んでいる訳ではないものの、書店で目についた時はなるべく買うようにしています。と言うか、気がついたら、自然と手が伸びて、買ってしまっている。

養老さんの地元や出身校が、私にとって身近な存在であることも、その一因ではあるかと思いますが、何より、養老さんの飾らない物言いや、自身の経験をベースに淡々と真実を語るその文章に、心地よさを感じているのかもしれません。さあ、今回はどんなお話を聞かせてくれるのかな…と。

さて、今回の「人生の壁」。この一冊を読んで感じたことを1件の記事にまとめる能力は自分には無く…(他の書籍についてもそれは言えるかもしれないが)…印象的な文章を1つずつ取り上げ、それについて自分が感じたことを書きとめるようにして、ブログに残せたらと思いました。それをどんな人が読んで、どう感じるかはわかりませんが…

…と、たいそう前置きが長くなってしまいました。最初に取り上げたかった文章は、「意識はそんなにえらくない」です。

人間が意識してコントロールできるものというのは、実はそれほど多くない。心拍の動き、呼吸、消化器官は、意識して完全にコントロールできるものではない。例えば腸は、もし針を飲み込んでしまうことがあっても、刺さらないように動いて、排出できるようにしてくれると言います。その一連のプロセスは、意識下ではなく無意識によって動くもの。自分の身体ですら、大半が無意識下で動いているわけですから、自然や、他人も、言わずもがな…。意識が、全てを動かしているわけではない、と、理性的に気づくことができます。

しかしながら、教育や、特に大人の社会は、意識で全てを制御できるという考えに陥りがちです。実際は、無意識の領域にほとんどが支配されている…。だからどうなの?と思う方もいるのかもしれませんが、少なくとも、そのことに理性的に気づいていることで、必要以上に悩み苦しんだり、自分や他人を責めたり、怒った理、恐れたり…することが少なくなってくるのではないかと、少なくとも直感的に感じています。意識はそんなにえらくない。意識するだけではどうにもできないこともある。どうにもならないことにくよくよしすぎたり、怒り続けたりする必要は、実はないのかもしれない…と。

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